2016年12月5日月曜日

芥川賞作家・又吉直樹(ピース)の好きな本まとめ33冊

ある朝、気がかりな夢から目をさますと、自分が一人の芥川賞作家に変わっているのを発見する男、又吉直樹。なぜ、こんな異常な事態になってしまったのか…。謎は究明されぬまま、ふだんと変わらない、ありふれた日常がすぎていく。

一夜にして、読書芸人から芥川賞作家に変身したピースの又吉直樹さん。独特な視点を持ち、非常に気になる存在なので、何かの参考までに、彼が雑誌などで紹介している本をまとめることにします。彼のコメント付きです。

人間失格/太宰治

人間失格 (集英社文庫)

人間失格 (集英社文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
太宰 治
集英社
売り上げランキング: 375
人間失格から読んで好きになり、太宰を読み始めて面白い短編があると知ってより好きになった。

ヴィヨンの妻/太宰治

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
太宰 治
新潮社
売り上げランキング: 15,308
「太宰は暗いから苦手」と言う人達がいる。確かに深刻な内容の作品も多い。面白くて笑える短編も数多くあって、例えばその中の一つに「親友交歓」という短編がある。これは面白かった。読んでいて思わず笑ってしまった。これを読み太宰さんは面白い人だったのだと確信した。もちろん僕は深刻な内容の話も含め太宰作品は全て好きだ。

回想の太宰治/津島美知子

回想の太宰治 (講談社文芸文庫 つH 1)
津島 美知子
講談社
売り上げランキング: 338,801
太宰治の奥さんがかかれているんですど、太宰作品から想像する太宰の妻っていうのはけなげで大変な苦労されている印象があったんです。だけどこれを読んで凄い面白い方で強さもありますし太宰を客観的に見ていて、今の言葉でいうと彼を「いじってる」ように感じたんです。この方がいたから、太宰はああいう面白い作品をかけたのかと思いました。

一千一秒物語/稲垣足穂

一千一秒物語 (新潮文庫)

一千一秒物語 (新潮文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
稲垣 足穂
新潮社
売り上げランキング: 9,790
「流星と格闘した話」など不条理でファンタジックな短編で構成されている。
主人公が車を運転してしてたら流星と衝突するんです。で、「何してんねん」って車を降りて流星とつかみ合いのケンカをするんです。でも主人公は倒されてしまう。家に帰った主人公は、拳銃を取り出して屋根に上って流星のいる空中めがけて発砲するんです。すると流星が落ちてくる。。みたいな変わった話がいっぱい入ってるんです。

トロッコ/芥川竜之介

杜子春・トロッコ・魔術―芥川竜之介短編集 (講談社青い鳥文庫 (90‐1))
芥川 龍之介
講談社
売り上げランキング: 70,924
中学のとき、教科書に載っていた芥川龍之介の『トロッコ』を読んでから読書にはまった。

変身/カフカ

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
フランツ・カフカ
新潮社
売り上げランキング: 860
ある朝、主人公が目覚めると自分の体が巨大な虫・毒虫になっていたんです。そんな異常な状況なのに普段の日常のことを心配するんです。毒虫ということを簡単に受け入れて、別のことを心配して、物事も淡々と進んでいくんですけど、家族とかから、厄介者扱いされて、なんか凄いんですけど、すごく笑えるんです。

最後の喫煙者/筒井康隆

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉 (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
売り上げランキング: 17,968
喫煙者が主人公で、とにかく社会的に喫煙者への排斥運動が高まっていって、吸う場所がどこにもなくなっていくんです。最終的に国会議事堂の屋上に追いつめられて、催涙弾とか打ち込まれるんだけど、それでもタバコを吸うっていう話で。今とちがって、みんな街中でタバコを吸っても誰もとがめない何十年も前に書かれた小説なんです。今を予見していたような話で、しかも最後、すごく面白い結末もあります。

尾崎放哉全句集/尾崎放哉

尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)
尾崎 放哉
筑摩書房
売り上げランキング: 21,246
どうしょうもない感情や、何故か切り取って保存したくなる風景などをノートに書き留めるようにしていた。だが、そのノーに書かれた言葉達はなかなか日の目を見る機会に恵まれなかった。それでも、書く行為は続けていた。そんな時に尾崎放哉の自由律俳句に出会った。

咳をしても一人。
墓の裏にまわる。

あった、あったと思った。あいつらに居場所あったぞと思った。

夫婦善哉/織田作之助

夫婦善哉 (新潮文庫)

夫婦善哉 (新潮文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
織田 作之助
新潮社
売り上げランキング: 15,698
「夫婦善哉」はどんな話しだったか。一見逞しい女と頼りない男が出てくるのだが、男女が共にいる理由を理屈で説明するのではなく情景で匂わせてくれる妙な読後感が好きだった。

炎上する君/西 加奈子

炎上する君 (角川文庫)

炎上する君 (角川文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
西 加奈子
角川書店(角川グループパブリッシング) (2012-11-22)
売り上げランキング: 5,348
「炎上する君」を読んだ。自由奔放な発想力で紡がれた短編集。そこに描かれた幻想的な世界こそ真実と思える西さんが自身の剥き出しの感性に対して誠実で率直だからだろうか。実際に声を出して笑うくらい面白い部分があるのに「笑い」と「物語」が乖離しないのは先天的に面白い人だけが持つ特別な才能だと思う。羨ましい。

万延元年のフットボール/大江健三郎

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)
大江 健三郎
講談社
売り上げランキング: 48,799
「万延元年のフットボール」を読んだ。時々読み返したくなる小説の一つだ。久しぶりに読むと祖父のことがもっと知りたくなった。祖父を始めとする先祖の何かが僕を突き動かしている瞬間が確実にあるような気がするのだ。

サッカーという名の神様/近藤篤

サッカーという名の神様 (生活人新書)
近藤 篤
日本放送出版協会
売り上げランキング: 112,103
「サッカーという名の神様」はサッカーの写真とエッセイで綴られた本だ。ページをめくると度に球が蹴りたくなる。ドリブルで駆け上がりたくなる。ゴールネットを揺らしたくなる。顔面でシュートを止めるとこ見せたくなる。鼻血たらたら垂らしながら。根性無しの僕にそうさせるのはサッカーという名の神様だ。

コインロッカー・ベイビーズ/村上 龍

新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)
村上 龍
講談社
売り上げランキング: 167
いつか遥か遠くの未来の住人が、過去の世界の残滓として土の中から一冊の本を発見するならこの本が良いと思う。

銀河鉄道の夜/宮沢賢治

新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)
宮沢 賢治
新潮社
売り上げランキング: 1,645
子どものために書かれた童話の多くが童話という枠を取ると魅力が損なわれがちですが、詩人宮沢賢治が書いた「銀河鉄道の夜」はカテゴリーにとらわれず霊的な力を放つ素晴らしい小説です。

四十日と四十夜のメルヘン/青木淳悟

四十日と四十夜のメルヘン
青木 淳悟
新潮社
売り上げランキング: 461,570
青木淳悟さんが書いた「四十日と四十夜のメルヘン」は、チラシが重要な役割を果たす不思議な小説だ。作中に登場人物が書いた小説が出てくるのだか、それも面白かった。気になる作家さんだ。

銃/中村文則

銃 (河出文庫)

銃 (河出文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
中村 文則
河出書房新社
売り上げランキング: 12,126
衝撃でした。より一層、僕が文学を好きになる契機になった小説

何もかも憂鬱な夜に/中村文則

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)
中村 文則
集英社 (2012-02-17)
売り上げランキング: 419
「何もかも憂鬱な夜に」を読んだ。この本は僕の過去にまで遡り思春期の頃の僕と今の僕を救ってくれた。僕に必要なことは全て書いてくれていた。こんなにも明確に生きる理由を与えてくれる小説はなかった。

遮光/中村文則

遮光 (新潮文庫)

遮光 (新潮文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
中村 文則
新潮社
売り上げランキング: 4,282
決して明るい小説では無く深刻な内容なのだけれど、そういう小説が救いになっている僕のような人も沢山いて、中村文則さんは、そんな僕達にとってかけがえのない特別な作家なのだ。

王国/中村文則

王国 (河出文庫 な)

王国 (河出文庫 な)
posted with amazlet at 15.07.26
中村 文則
河出書房新社
売り上げランキング: 4,634
読みやすく書かれているからこそ、余計に話の内容が心に響きやすい。自分が考えたり、疑問に思った問題に迫っていて、恐怖感に近いものを感じましたね

蜩の声/古井由吉

蜩の声

蜩の声
posted with amazlet at 15.07.26
古井 由吉
講談社
売り上げランキング: 69,760
初期の小説『杳子(ようこ)』を読んで、言葉を失うほどの感動を覚えて以来、古井作品を30冊以上、買い続けている

世界音痴/穂村弘

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)
穂村 弘
小学館
売り上げランキング: 6,380
穂村さんの本は文章もきれいで柔らかい中に読みやすさもありながら、ハッとするようなことも書いている。歌人ならではのいろんなものが詰まっている

もうおうちへかえりましょう/穂村弘

もうおうちへかえりましょう (小学館文庫)
穂村 弘
小学館 (2010-08-05)
売り上げランキング: 104,711
歌人の穂村さんのエッセイなんですけどただただ僕は共感して、笑えた。その中の「マイナス星人」というエッセイ。なぜかそこにいるのに気がつかれない、、、。僕も番組のスタッフさんにも「又吉さ~ん、又吉さーん」とそこにいても気がつかれないことが多いんです。真横にいても。
ボーリングのガッツポーツがどうしても出来ないとか、どうしたらいいのかわからないことが、とても共感して笑えるんです。

告白/町田康

告白 (中公文庫)

告白 (中公文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
町田 康
中央公論新社
売り上げランキング: 233
(主人公がお祭りに出かけた時、時間が早すぎて出直そうかどうしようか迷った挙句、近くの茂みで身を潜めていたエピソードを読んで...)
ほんま、俺のこと書いてるんかと思って...。飲み会の会場に誘われて行ったら、めっちゃ早く着いてもうて、でも今行ったら「コイツやる気マンマンやな」と思われたら恥ずかしいから、ちょっと近くの公園とかでみんなが揃って、8割ぐらい入ったところで...。こう、そこまで本気ちゃいますよ、みたいなノリで行きたいとか...。

人間小唄/町田康

人間小唄 (講談社文庫)

人間小唄 (講談社文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
町田 康
講談社 (2014-01-15)
売り上げランキング: 1,380
町田さんの小説は毎回笑えて、お笑い芸人でも十分いけたと思うんですけど、この小説は作家のもとに20首の短歌が贈られてきて、それが罠だった、、、という話なんです。むちゃくちゃといえば、無茶苦茶なんですけど、自分の想像してなかったところにどんどんはまっていってしまって、なんで俺がんばってるんだろうと我に返る瞬間とか、笑いながら読んでるんですけど、だんだん怖くなってくるんです。狂気というかそれに近いことがあるな、と思い読んでいったんです。脳みそがぐちゃぐちゃになるような、僕は凄い面白くて好きでした。

風の歌を聴け/村上春樹

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
売り上げランキング: 1,189
春樹作品は敷居が高いという人もいると思うんです。僕も読む前は“モテる人の頭の良い小説で、泥のような青春を送った自分には読めへんのかな”と思ってた(笑)。でも、『風の歌~』は読み始めた途端、この軽快なリズム感はなんや! と驚きました。

ノルウェイの森/村上春樹

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
売り上げランキング: 9,433
会話のうまさについては『風の歌~』でも感じてたんですが、春樹さんの笑いのセンスを確信したのがこの本。僕はそれほど男前じゃない人がきれいな女性といるのを見ると、この人、話が面白いんだろうなと。主人公のワタナベもおもろいんですよ。直子に『私のおねがいをふたつ聞いてくれる?』と言われると『みっつ聞くよ』とか(笑)。会話のユーモアから作家と信頼関係を結びやすい、鉄板の物語だと思いますね

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド/村上春樹

30代で多少ひねくれていれば骨のある作品も読みたい。それならこれ。僕は“めちゃめちゃおもろい”って、興奮しながら読んだ。ものすごい本を読んだ後って、本全体を見つめながら余韻にひたる時もあるけど、まさにそんな驚きの体験ができる作品でしたね

ねじまき鳥クロニクル/村上春樹

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 9,831
『ねじまき鳥クロニクル』は全3巻。こんなに読むのか、ではなくて、3冊も読めてラッキー! って時期に読めば、作品の深さを最も楽しめると思います

1Q84/村上春樹

1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 3,938
とにかく、まだ読んでいない人がいるなら、「今読んだほうがいい」と言いたいですね。『ノルウェイの森』の中で、時の洗礼を受けていないものは読んでも意味がないと語る人物が出てきましたが、僕はこの本は、今この時代に読むことに大きな意味があると思います。物語の中にでてきた音楽を聴こうとか、引用された小説を読もうとか、新宿中村屋に行ってみようとか、僕たちに別の世界への扉を開いてくれる小説だと思っています。

夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
森見 登美彦
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 302
風邪をひき弱っていたが森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』を読んだら治った。非常に面白かった。

キッチン/吉本ばなな

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)
posted with amazlet at 15.07.26
吉本 ばなな
角川書店
売り上げランキング: 2,323
他の作品では『うたかた、サンクチュアリ』『つぐみ』等が好きです。日本的で懐かしくて切ない。感傷的になります。髪の毛が金髪でヘビースモーカーで大型バイクを乗り回し周囲から恐い印象を持たれている女の子がいたとしても、その子の部屋の本棚に吉本ばななさんの本が並んでいたら本当は優しい子だと思ってしまう僕がいます。

昔日の客/関口良雄

昔日の客

昔日の客
posted with amazlet at 15.07.26
関口 良雄
夏葉社
売り上げランキング: 23,901
文章に品があり、流れる時間がゆっくりしていて、なおかつユーモアもあって、2010年に読んだエッセイでは、僕のなかでベストワンの作品です。

第2図書係補佐/又吉直樹

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)
又吉 直樹
幻冬舎
売り上げランキング: 42
おまけですが、著者がおすすめする本について語っている本です。もっと知りたい方はどうぞ。

2016年12月4日日曜日

【書評】『決定力を鍛える』ガルリ・カスパロフ

史上最強のチェスプレーヤー。人工知能に挑んだ最初の人類。ロシアの大統領候補。チェス界と人工知能の世界でその名を知らぬ者はいないガルリ・カスパロフ。その不世出の強さの秘密は一体、どこにあるのでしょうか?私たちとの考え方の違いはどこにあるのでしょうか?そして、それは私たち凡人にも理解できるものなのでしょうか?

著者紹介

ガルリ・キモビッチ・カスパロフ(Гарри Кимович Каспаров, Garry Kimovich Kasparov, 1963年4月13日 - )。アゼルバイジャンのバクー出身の元チェス選手。15年もの間チェスの世界チャンピオンのタイトルを保持し続けた人物。1948年にFIDEによる選手権制度が始まってからでは最長記録である。現在は政治家。(Wikipediaより抜粋) もっと詳しく知りたい方は、カスパロフさんのWikipediaでどうぞ。

目次

  1. 決定のプロセスを自覚する
  2. 強い自己抑制を持つ
  3. 「なぜ?」が戦術家を戦略家にする
  4. 「・・・だとしたら?」「・・・それでいいじゃないか」
  5. 全体を改善するもっとも手っ取り早い方法は、自分の弱点に取り組むこと
  6. 自分にもう一踏ん張りさせるための方法を知る
  7. 成功したければ、失敗の確率を2倍に増やせ
  8. 持続力というのは、やり直す能力にも表れる
決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣
ガルリ カスパロフ 日本放送出版協会 売り上げランキング: 57,537

『決定力を鍛える』を8つに分解

1. 決定のプロセスを自覚する

自分のゲームの進め方と欠点についてカルポフから教えられなかったら、これほど長く頂点にとどまるのは無理だっただろう。(中略)才能だけでは足りない。勤勉に、夜遅くまで研究するだけでも足りない。決断に達する際に用いる方法をしっかり認識することも必要である。 知識と経験、才能を結集して最大限の力を発揮するには、自覚することが不可欠だ。ところが、その機会はあっても、こうした類の分析を行う人はほとんどいない。

2. 強い自己抑制を持つ

ゴールと中間目標を定めるのが最初のステップ、それらを追求して前進を続けるのが次の段階である。戦争の歴史には、戦場での行動に夢中になって戦略を忘れてしまった指揮官の例が少なくない。 (中略) 人は敵に難題を突きつけられると、敵の発想を論破したい、抵抗したい、挑戦に応じたいという強い誘惑に駆られる。もちろん、まさしくそれが敵のねらいであり、だからこそ挑発に乗ってはならない。

3. 「なぜ?」が戦術家を戦略家にする

大前研一は、日本の企業に関する著書で戦略家の役割をこう要約した。「戦略家の流儀は通説に対してひとつの問いを投げかけることだ。なぜ?と」 「なぜ?」こそは、職務を果たすだけの者と先見性のある者を、単なる策士と偉大な戦略家を分かつ問いである。自分の戦略を理解し、発展させ、そのとおりに実行したいのなら、たえずこの問いを抱かなければならない。 私は初心者のチェスを観ているとき、ひどい手を目にすると、なぜその手を指したのかを尋ねてみる。ほとんどの者は何も答えられない。(中略)ひとつの手を指す前に、ひとつ決断する前に、毎回立ち止まってこう問いかけることは誰にとっても大いに役立つことだろう。 「なぜこの手なのか? 私は何を達成しようとしていて、それを達成するのにこの手はどう役立つのか?」

4. 「・・・だとしたら?」「・・・それでいいじゃないか」

私たちは突飛に思えるアイデアや解決策をすぐに退けてしまいがちだ。特にそれは既存の方法が長く定着している分野で目につく。独創的に考えることができないのは、仕事や人生の様々な条件に強いられているからでもあり、みずから制約を課しているせいでもある。「・・・だとしたら?」は「・・・それでいいじゃないか」につがることがしばしばある。そのとき私たちは、勇気を奮い起こして確かめなくてはならない。

5. 全体を改善するもっとも手っ取り早い方法は、自分の弱点に取り組むこと

持って生まれた才能を最大限に活かすには、批判的に自己を分析して最大の弱点を改善する覚悟を決めなくてはならない。何より安易なのは、才能に頼り、自分の得意なものに専念することだ。長所を活用したほうがいいのはたしかだが、偏りすぎれば伸びしろは限られる。全体を改善するもっとも手っ取り早い方法は、自分の弱点に取り組むことだ。

6. 自分にもう一踏ん張りさせるための方法を知る

肝心なのは、自分の意欲を掻き立てるもの、自分にもう一踏ん張りさせる方法を知ることである。私の場合、それは計画を貫くことだ。自分のプログラムに例外を設けない限り、私は意欲を感じられる。もちろん、活動に没頭し続けるためには新しいチャレンジも必要だろう。やっていることが単なるくりかえしになったり、慣れを感じるようになったら、エネルギーを注ぐ新たな対象を見つける潮時だ。

7. 成功したければ、失敗の確率を2倍に増やせ

テクノロジーの歴史が示す通り、何が大ヒット商品になるかは予想がつかない。不首尾に終わる新しいアイデアもあるので、多少の失敗は受け入れる必要がある。IBM創立者のトーマス・ワトソンはこう表現した。「成功したければ、失敗の確率を2倍に増やせ」。ときに失敗しなければ、発明家たる者に求められるリスクを負っていないというわけだ。

8. 持続力というのは、やり直す能力にも表れる

F・スコット・フィッツジェラルドはこう書いた。「持続力というのは、つづける能力だけではなく、やり直す能力にも表れる」。ミスをして、やり直さなければならないのなら、もう一度やるしかない。この持続力は生活の質のみに関するものではない。意思決定プロセスに意欲的に関わり続けることは、そのプロセスを改善する一つの鍵となる。

まとめ

偉大なチェスプレーヤー、サヴィエリ・グリゴリェーヴィチ・タルタコワは言いました。「戦術とはすることがあるときに何をすべきか知ることであり、戦略とはすることがないときに何をすべきかを知ることである」 

まさしく、彼は「戦略と戦術」を使いこなしています。でも、それだけは勝つことはできても、勝ち続けることはできません。その証拠に、「決定のプロセスを自覚する」の話では、自覚的に意思決定することの大切さを説いています。「強い自己抑制を持つ」の話では、まずゴールと中間目標を立て逆算せよ、次に、強い自己抑制を持って戦略を貫徹せよ、と説き、一貫性を持つことの難しさを語ります。

「なぜ?」の話、「・・・だとしたら?」の話からはかんたんな問いを持ち、それに答えることで停滞を防ぐことができるとわかります。「全体を改善するもっとも手っ取り早い方法」の話は、ビジネスの名著『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』の「全体最適」の話に通じます。その他の話もシンプルながら筋が通っています。 

全体を通して、カスパロフ自身が長いチェス人生で勝ち続けるために考え抜いた論理に基づいて話が展開されており、意思決定のための武器を読者に授けてくれている印象を持ちました。ただ、世界で一番知的と言われているゲームで長年、世界王者に居続けるだけあって、思考回路がとってもストイックでギッチギチです。読めば意思決定のための武器はちゃんと手に入りますが、この重い重い武器を扱えるかどうか・・・。内容密度的にも古典レベルですし、下手に手を出すと骨折するでしょう。興味がある人だけ手にとってみてください。(おそらく、イカのゲームにも役立ちます)

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か
エリヤフ・ゴールドラット ダイヤモンド社 売り上げランキング: 448

自習問題

  • 決定以外に私たちが普段行っているプロセスにはどんなものがあるか?
  • 自己抑制を持つためにできることはどんなことが挙げられるか?100個考えてみよう。
  • (敵の場合)戦略家を戦術家にするとしたらどうすればいいか?
  • 「・・・だとしたら?」「・・・それでいいじゃなイカ」とならないことを役に立たせる方法はあるか?
  • 得意なところを生かして、自分の弱点に取り組むことはできるか?できるとしたら、どんな方法があるか?
  • 仲間にもう一踏ん張りさせるための方法はどんなものがあるか?100個考えてみよう
  • 失敗の確率を10倍に増やしたら、成功の確率は通常の何倍になるか?
  • 「持続力とは、◯◯である」100個考えてみよう
決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣
ガルリ カスパロフ 日本放送出版協会 売り上げランキング: 57,537

【書評】『構想力』谷川浩司

美しい将棋。現日本将棋連盟会長。羽生さんの史上初七冠制覇の最後の相手。これらのキーワードを結ぶと浮かんでくる人物、それが谷川浩司 氏です。羽生さんをして「天才」と言わせる彼は何を考え、将棋を指しているのだろうか?そして、そこから私たちが学べることはないだろうか?彼の著書からその非凡な思考を探ります。

著者紹介

谷川浩司。1962年、神戸市生まれ。11歳で若松政和七段に入門。13歳で初段、14歳で四段と異例のスピードで昇進。83年に、未だに破られていない21歳で史上最年少の名人となる。以後、92年には四冠となるなど棋界の第一人者として活躍。96年の第45期王将戦で羽生善治に七冠の座を許し、一時不調にあったものの同年の第9期竜王戦で羽生より竜王位を奪取。華々しい復活を遂げる。97年の第55期名人戦で通算5期目の名人位獲得により、「十七世名人」として永世名人の資格を得る。A級順位戦は40代以上ではただ一人で、名人含め連続25期。富士通杯達人戦は4連覇など、活躍を続けている(本より抜粋) もっと詳しく知りたい方は、谷川さんのWikipediaでどうぞ。

目次

  1. 理想的な状態を考え、逆算する
  2. 構想に必要な四要素
  3. 詰将棋を解くのではなく、作る
  4. 香車四枚を見ろ
  5. 自分の頭で考える
  6. 「15分」の使い方
  7. 常識はまず疑った上で、自分自身で検証する
  8. 蓄積した情報は捨てるのではなく、つねに使う
構想力 (角川oneテーマ21)
谷川 浩司 角川書店 売り上げランキング: 233,195

『構想力』を8つに分解

1. 理想的な状態を考え、逆算する

駒がぶつかり合っているうちに、私にかぎらずプロ棋士は「この将棋に勝つにはどのようなパターンがあるのだろうか」と、最終的な勝ち方をいくつかイメージする。そして、そこに向かうためにはどうすればいいのか、具体的な手順を構想していくのである。

2. 構想に必要な四要素

私が思うに、構想に必要な力には、おおまかにいって以下の四つがあげられる。 第一は「知識」である。相手の情報を集め、傾向を知ることは、構想を練るためには絶対に必要だ。対局によってはそれで勝負が決まってしまうケースもあるからだ。 第二は「正確な状況判断」。将棋で言えば、形成を正しく判断する力のことである。いま現在、自分がいかなる状況にあるのかを正確にジャッジできなくては、つまり構想するための立脚点が間違っていては、深く、正しい構想など組み立てられるわけがない。 三つ目は「先を見通す正確な読み」。自分がこういう行動を起こしたら、状況がどのように推移していくかを正しく見極める力があれば、それだけ構想力は高まることになる。 そして、四つ目が「時間の管理」である。何事を行うにせよ、時間は無制限にあるわけではない。将棋にも対局には待ち時間というものがあり、限られた時間の中で形成を判断し、正確に先を読み、最善の指し手を選択しなければならない。そのためにはいかに時間を使うか、どれだけ効率よく管理し、配分できるかということが勝負に大きく影響する。

3. 詰将棋を解くのではなく、作る

私ならではの研究法といえるものがある。詰将棋がそれだ。ご承知のように詰将棋とは攻め方が王手の連続で、相手玉を詰ますゲームのことだが、私は子どものころからこの詰将棋を「作る」のが好きだった。そして、私はいまだにそれを続けている。 詰将棋を「解く」ことを基礎トレーニングに採り入れているプロ棋士は少なくない。(中略)私がつくるのは、20手、30手以上の複雑なものであるが、詰将棋というのは。たとえ七手詰め、九手詰めのようなかんたんなものであっても、平凡な手順で詰んだのではダメである。ふつうではなかなか思いつかない、あっと驚くような手で詰まないと作品として評価されない。

4. 香車四枚を見ろ

正確な状況判断をするために必要なのは何だろうか。 将棋では、「香車四枚を見ろ」とよくいう。どういうことかといえば、香車は通常、盤の四隅にある。つまり、「つねに盤面全体を視野に入れなさい」という意味である。 自分が攻めている箇所ばかりに集中していると、その部分は得をしていても、全体では損していることに意外と気がつかないものである。たとえば、味方の駒が邪魔をして玉が逃げられなくなっているとか、この駒は遊んでいて役に立っていないということを、往々にして見逃しがちなのである。

5. 自分の頭で考える

わかりやすくたとえてみよう。関西在住の私は、東京に赴かなければいけない機会も多いのだが、そのときの交通手段としてふつうイメージするのは、新幹線か飛行機だ。これが「常識」である。 ところが、新幹線は事故が起こって不通になっていた。そこで飛行機に切り換えようと考えたが、同様に考えた人も多かったのか、空港に着いたら東京行きは満席で、キャンセル待ちをしても切符はとれそうにない。さて、どうするか。 常識的な方法しかイメージできない人は、この時点でパニックに陥ってしまう可能性が高い。だが、実は東京に行くための方法はいろいろあるのである。たとえば仮に空港にいるなら、一度仙台なり新潟なりに飛んで、そこから東京に向かう方法が考えられるし、新大阪駅にいるのなら、鉄道を使って空港のある都市に行き、そこから飛行機に乗り換えるという手も考えられる。選択肢は探せばほかにもあるのである。

6. 「15分」の使い方

羽生さんも何かのインタビューで語っておられたことだが、15分は短いと一般的には思われているものの、実際はそのなかでできることというのはけっこうある。たとえば、外出するとき、思ったよりも準備が早くできて、家を出るまでに15分ほど時間が余ったとする。そのとき、「15分しかない」と思うか、それとも「15分もある」と考えるかで、その過ごし方はずいぶんと変わってくる。 「15分しかない」と思えば、ただぼーっとしているだけだろう。もちろん、それもひとつのやり方である。が、「15分もある」と捉えれば、たとえば書類の整理をしたり、書かなければいけなかった手紙を書いたりと、それなり有効な時間の使い方ができるはずだ。

7. 常識はまず疑った上で、自分自身で検証する

常識は疑ったうえで、必ず自分自身で検証することが大切なのだ。その結果、正しいと思えば取り入れればいいし、間違っていると感じたら捨てればいい。自分で検証しなくては、常識を信じるにせよ否定するにせよ、どちらもイメージの可能性を狭める結果になってしまうと私は思うのだ。常識は自分で検証してはじめて常識になるのである。

8. 蓄積した情報は捨てるのではなく、つねに使う

古田さんもいっていたが、捨てるという作業は口で言うほど簡単ではないのも事実である。やはり、蓄積した情報をつねに使っていることが大切だと私は思う。そうすれば、必要な情報が残り、不要な情報は淘汰されていく。もちろん、そのためにはつねに最新の情報を入手する努力が大切であることはいうまでもない。

まとめ

逆算するという考え方は、シンプルながら強力です。構想に必要な四つの要素も知っているかどうかで差がつきそうです。このようなプロ棋士たちが当たり前に行っていることを真似るというのは上達の近道のように思えます。 詰将棋を作るというのは驚きでした。何かを極める人、本当に強い人というのは、その人しか持っていない習慣を持っていることが多いですね。谷川氏の場合は、詰将棋を作ることが彼独自の研究法になっていたとのことです。「詰将棋」を「問題」と置き換え、「問題を解くのではなく、作る」と言い換えると問題解決力を鍛えられそうですね。 

視野は広く。全体像を持て。自分の頭で考えよう。これらの教訓は、比較的どこでも目にする言葉です。しかし、覚えるばかり、唱えるばかりで実践できていない人が多い。これを戒めるのが、「自分で検証する姿勢を持つ」「情報は使うもの」という教えです。15分あれば何か検証できないか?何か実践できないか?と考えてみると、いつの間にか普段の生活の質が上がっているのではないでしょうか。「捨てるのではなく、使う」という考え方も応用が効きそうですね。 

他には、「大局観を身につけるには、相手の立場に立って想像する」という話や「自分のブランドを作れ」という話、「礼儀やマナーに気を遣わない人間は、絶対に強くなれない」の話などが心に響きました。「形勢不利に陥ったときはどうするか」という問いについての答えも載っています。何かに勝ちたいけど勝てないという人は、ぜひ一度読んでみることをおすすめします。(私はこれを読んで以来、イカのゲームで連戦連勝です)

自習問題

  • 「逆算する」以外にプロ棋士が普段行っている考え方はどんなものがあるか?
  • 構想に必要な四要素を自分で考えるとしたらどうなるか?
  • 自分だけの習慣を持っているか?持っていないとしたらどんなものを習慣としたいか?
  • 全体像が考えやすくなる方法は何かあるか?それはどんなものか?
  • 他人の頭で考える利点はないか?
  • 「15分」の最高の使い方はどんなものか?
  • 未検証の常識で無意識のうちに従ってしまっているものはどんなものか?
  • 捨てるのではなく、使うという考え方は他にどんなところに活かせるか?
構想力 (角川oneテーマ21)
谷川 浩司 角川書店 売り上げランキング: 233,195

【書評】『歩を金にする法』升田幸三

「新手一生」の言葉通り、最後まで創造的な将棋に取り組んだ名人、升田幸三。終戦直後、日本を統治していたGHQが「将棋は相手から奪った駒を味方として使うことができるが、これは捕虜虐待の思想に繋がる野蛮なゲームである」として将棋を禁止しようとしたとき、将棋連盟の代表としての彼の反論は、彼独自の将棋観を理解するのにぴったりです。「将棋は人材を有効に活用する合理的なゲームである。チェスは取った駒を殺すが、これこそ捕虜の虐待ではないか。キングは危なくなるとクイーンを盾にしてまで逃げるが、これは貴殿の民主主義やレディーファーストの思想に反するではないか」

著者紹介

升田幸三。将棋棋士。実力制第4代名人。木見金治郎九段門下。棋士番号は18番です。広島県双三郡三良坂町(現三次市)生まれです。1991年4月5日(満73歳没)に惜しまれながらこの世を去りました。詳しくは、Wikipediaで読んでください。

伝説的なエピソードを一つ紹介しましょう。升田氏は、1932年(昭和7年)2月に「日本一の将棋指し」を目指して家出しました。家出の時、愛する母の使う物差しの裏に墨で「この幸三、名人に香車を引いて勝つ」としたためました。この言葉は後に現実のものとなりました。 その独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話により、将棋界の歴史を語る上で欠かすことができない存在です。

目次

  1. 「なる」ということ
  2. 仏の心
  3. 足りない、足りない
  4. 一手ちがい
  5. 今日のスコアは一万年も前からきまっているんだと思ってやってみる
  6. カラダが動く
  7. 凝視することによって、はじめてものが正視できる
  8. 弱い者にこそ気を遣う
歩を金にする法 (小学館文庫)
升田 幸三 小学館 売り上げランキング: 603,189

『歩を金にする法』を8つに分解

1. 「なる」ということ

将棋でおもしろいのは、「なる」ということだ。歩だと思っていたのが、金になったりする。それがわからないとえらいことになる。敵陣に入ると、ヤリでも金でも同じ資格になる。歩の場合は、何階級かあがる。銀は一階級しかあがらない。とにかく敵陣に突入したらそれぞれ出世する。そういう約束になっている。 全体的には出世させたほうがいいのだけれど、しかし大局的にみて、わざと出世させない駒もある。強くなるとこれがわかる。歩一つからみたら、不平タラタラだろう。だが歩に力を出させると困る場合がある。 世の中の場合には、わざと出世させられなかったら、不平がうんとでるだろう。各会社の運営をみて、そういう動かし方をしているところがあるようだ。エキスパート専門家といってもいい存在がある。 これは役員にせず、販売なら販売専門、給料は役員待遇をやってもいい。歩の特色を生かすのだ。そのほうが能率化する。なんでもかんでも役員にしてしまうというのは、味がないと思う。(中略)役員になっては、あまりうまく働けない性質の人もいるのだ。

2. 仏の心

将棋連盟の規定では「王手を知らないで他の手を指したとき」は禁手で負けることになっている。つまり、プロの場合は、王手を相手が気づかない場合は、王を取ってもいいわけである。しかし、元来王は取るものでなく、詰めるものである。王は取らず、相手に指す手をなくするー相手の手を詰まらせることが将棋の妙味である。 この点が、諸外国の将棋と著しく異なる点であろう。日本の将棋の根本精神は、「殺す」ことではない。争いのときは相手は敵であるが、相手の駒を取っても、その階級によってうまく使い、功あらば大いに出世もさせてやる。 ある人は、碁は、しまうときは白黒と二つのゴケに入れるが、将棋は一つの駒箱におさめ、戦い終わると敵も味方もない、といって将棋の美風を讃えた。まったく同感である。将棋は盤上の攻防は峻烈で、勝負そのものはきびしいものであるが、その精神はあくまでも仏心である。

3. 足りない、足りない

将棋の駒の動かし方についても、初心を忘れると命とりにになる。最初にならうときは、飛車はこういうふうに動く、角はこういうふうに動く、と習ったはずだ。角は飛車の半分の働きで、格がおちる。そういうことを最初に教わっているのに、忘れてしまう。 飛車は広く使えば角にまさるということを忘れて、飛車はよく働くから大事だとばかり、キズつかないようにと執着して、かえって、働かすことを忘れてしまう。しまいこんで働かさないのでは、意味がない。 飛車にお守り役までつけている。こちらがチョッカイかけると、なおおそれて護衛したりする。初心を忘れているのだ。初心を忘れ、力のないものほど、余分なもの、自分の力で消化しきれないものを大事にかかえこんだりする。 消化力もないのに、ナギナタも鉄砲も、一応欲しい。刀も何十本も欲しい。力のよわいものほど、こういう要求をする。金にたとえると、余分な金、余分な生活費がほしいということになる。 上手になってくるほど、消化できる程度しか欲しがらない。自分の活用できないものまで要求しない。駒をうんともったときは、おくれている。(中略)僕はいつも、足りない、足りないという感じをもちながら、そういうところで仕事をしてしまう。

4. 一手ちがい

勝負をするときになんでもかんでも、相手にウンと差をつけようとりきむのはよろしくない。(中略)勝負の急所は、一手ちがいで相手を倒すことにある。五手も十手もちがうというのは、どだい自分が勝負すべき相手ではない。 しかし、いよいよ詰む段階になると、つい二手も三手もひらいて勝ちたくなる。安全を願うのだが、実は一手ちがいでいいという計算が成り立つほうが安全なのだ。何手もちがわせると、欲がからんで、まちがいがある。(中略)勝とうというヨミではなくて、一手ちがいにしておこうというヨミ。勝負をつけるのではなくて、野球で言えば、同点にすがって、延長戦にもちこもうとするヨミ。 ここに極意がひそんでいそうに思う。これでなければ勝機は生まれない。

5. 今日のスコアは一万年も前からきまっているんだと思ってやってみる

あるアメリカのゴルフのプロの勝負観に、「練習の力量が本番で出ないのは勝負にとらわれすぎるからだ。今日のスコアは一万年も前からきまっているんだと思ってやってみたまえ」という意味のことがあると、人に聞いたことがある。この運命論敵な考え方も大切なことだと思う。僕も過去に、大事なながい勝負を争ったときに、先になるか、後から来るか、いずれにしても自分がぶつからねばならぬ宿命であったと思って、何回かの敗局を甘受した。 なんにしても、力量が評価されるのは、けいこではなく本番である。本番で力が出ないというのではなんにもならぬ。その人は弱いのである。

6. カラダが動く

芸の極致など極めたことがないからわからないけれど、だいたい極致的なものは、カラダでものを知っていて、そこから出てきたものにちがいない。 皮膚が知っているという、それが極致点だと思う。ところが僕など凡人は、ついアタマで考えすぎてしまうことがある。アタマで考えすぎると失敗する。(中略)皮膚で感じ、カラダが素直に動く状態、何事にもこれがいちばんいい。 一日二十四時間のうち、十時間くらいそういう状態を持続したいものだ。

7. 凝視することによって、はじめてものが正視できる

僕は凝視ということをよく言うんですがね、凝視っていうのは掘り下げることですね。凝視することによって、はじめてものが正視できるということで、凝視することを知らんものは正視できない。正視できんものが、なにができるかということなんですよ。 凝視することによって、早く吸収するということですね。なんでもないことですが。(中略)凝視する人は、短時間のうちに消化するけれども、凝視する性格でないものは、七十年やったってなかなかわからない。上っ面だけしか。

8. 弱い者にこそ気を遣う

私の人生観も弱い者に気をつかうことです。原さんは強い人だから気をつかうことはいらない。だから、たとえば車なら運転する人が弱い者だと思う。これには乗ったり降りたりするときに、「ありがとうございました」とか、「ご苦労さんです」のあいさつは必要だと思う。 そういう具合に、私が将棋をもって会得したことは、もう部課長とか上の方には気をつかうことはなく、この歩の立場にある人に気をつかわなければいかぬ、これが大事だと思うということなんです。役員とか上の方と話をしますが、こういう人には気をつかう必要はない。ところが、受付などの人には気をつかう。これに礼を失くしたりしてはいけない。これがいちばん大事だと思っております。 相手が偉い人だと、向こうが一回も頭を下げていないのにこちらが十回もも下げておるのがいるが、これはおかしいと思う。弱い者に気をつかうことは将棋から得た人生観です。

まとめ

将棋の駒に限らず、「なる」ということはよくあることです。パッとしなかった人がこつこつ努力を続け、大成する。そこに適材適所が組み合わされば、鬼に金棒の力を生みます。

逆に、昔、立派だった人が何かをきっかけにだめになってしまうという「なる」もあるのではないでしょうか。そこに個人的な原因を見出すのはかんたんですが、どうしても抗えない外因ということのもあるでしょう。プロのスポーツ選手なんかがそうですね。それも適材適所の采配によって、また日の目を見ることもあるのではないかと思いました。何とか再生工場とはよく言ったものです。

また、仏心の話、一手ちがいの話、カラダが勝手に動くの話などはさすが名人らしい考え方だなと思いました。凝視の話では、「集中」や「観察」とはまた違った表現でそれらが言わんとすることを独特の言葉で的確に言い表しています。弱い者にこその話では、素直に素晴らしいと思いました。こういうことを淡々と語るところに升田幸三の凄みが透けて見えます。

他には、「まずはやってみろ」の話や「失敗と経験は違う。初めて挑戦したことは失敗とは呼ばない」の話、「虚と実の使い分け」の話などが面白かったです。吉川英治が升田幸三に渡したという本の話は、必読です。既に絶版になっているようですが、独特の視点が新鮮で実に面白い本なので一度読んでみてはいかがでしょうか。

自習問題

  • 「なる」と「ならない」の使い分けのコツはあるか?あるとしたらどんなものか?
  • 仏の心を持たないほうが良いこともあるのか?それはどんなときか?
  • 初心を絶対に忘れないようにするにはどうしたら良いか?
  • 周りで一手ちがいの意識を実行している人はいるか?
  • 勝負に囚われないようにする方法は他にどんなものがあるか?
  • どんな鍛錬を積めばカラダが動くようになるか?どれくらい鍛錬を積む必要があるか?
  • 凝視する以外に物事を正視する方法はあるか?それはどんなものか?
  • 弱い者に気を遣わないほうが良い場合はあるか?それはどんなときか?
歩を金にする法 (小学館文庫)
升田 幸三 小学館 売り上げランキング: 603,189

【書評】『捨てる力』羽生善治

最近では「片付け」が世界的に流行っています。では、なぜいま「片付け」が注目されるようになったのでしょうか?そして、日本にとどまらず、世界共通でその方法論が必要とされるようになったのでしょうか?片付けはただ家の中、部屋の中を綺麗にするだけなのでしょうか?片付けの方法論は、家庭のみならず仕事の場にも活かせないのでしょうか?「捨てる力」は、そんな疑問に答える一冊です。(嘘です。将棋の考え方の本です。)

著者紹介

羽生善治。日本の将棋棋士。二上達也九段門下。棋士番号は175です。1970年9月27日生まれの現在、44歳です。身長は172cm。埼玉県所沢市で生まれ、幼稚園に入る頃から東京都八王子市に移り住みました。詳しくは、Wikipediaで読んでください。1996年2月14日、将棋界で初の7タイトル独占を25歳で達成し、その後も記録を塗りかえ続ける天才棋士です。(ちなみに、チェスでも日本トップクラスの腕前です)

目次

  1. 今持っている力は早く使い切ったほうがいい
  2. プロとして続けていくなら負け方のスタイル、哲学を身につける必要がある
  3. 欠点を裏返すとそれがその人の一番の長所であったりする
  4. 無駄な駒は一枚もない
  5. 重要なのは「選ぶ」より「捨てる」こと
  6. 「知識」は一時的なもの、「知恵」は普遍的なもの
  7. 自分自身の美意識を磨く
  8. 頭ではなく心で考える
捨てる力 (PHP文庫)
捨てる力 (PHP文庫)
posted with amazlet at 15.06.11
羽生 善治 PHP研究所 (2013-02-05) 売り上げランキング: 66,635

『捨てる力』を8つに分解

1. 今持っている力は早く使い切ったほうがいい

「温存しとこうとかあとで使おうというのはダメで、今持っている力は早く使い切ったほうがいい」「(七番勝負の場合)最後に力を残しておこうとしても、使う前に終わっちゃうことが多いんですよ」

2. プロとして続けていくなら負け方のスタイル、哲学を身につける必要がある

プロとして続けていくなら、勝つことよりも負け方のスタイル、哲学を身につける必要があるのではないでしょうか。

3. 欠点を裏返すとそれがその人の一番の長所であったりする

「企業秘密だから言わないが、自分では(自分の欠点を)わかっている。自分ではわかっているのだから、その欠点は消すことができるかというと、それは難しい。それを消そうとすると、また別の欠点が出てくるのである」

4. 無駄な駒は一枚もない

将棋には王将をはじめ、8種類の駒がある。「何気なく忘れていた隅っこの歩が、あとですごく効いたというのが本当にある。会社組織と同じで、なんだか暇そうな人間がひとりいるぞと思っていたら、5年後にはすごい功績をあげたなんてことがあるんですよ」

5. 重要なのは「選ぶ」より「捨てる」こと

山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには「選ぶ」より「いかに捨てるか」のほうが重要。手は浮かぶものではなくて、消去して残ったものになります。ひとつの手を選ぶということは、それまで散々考えた手の大部分を捨てること。たくさん時間を費やした手に対してはどうしても愛着が湧いてしまいます。

6. 「知識」は一時的なもの、「知恵」は普遍的なもの

「知識」と「知恵」という言葉はよく混同されがちですが、別物です。けれど、まったく別物ということではありません。知識は一時的なもので、知恵は普遍的なものだと考えています。知識は今この瞬間、生きるために必要な情報。時代や状況が変われば、使えなくなってしまうかもしれない。一方で、今日でも明日でも、10年後でも50年後でも使えるものが知恵でしょう。知識を学ぶことに意味がないかといえば、もちろんそんなことはありません。知識を得るというプロセスを経ることで、知恵は身についていきます。

7. 自分自身の美意識を磨く

私は常々、「美しい棋譜を残したい」と言ってきました。(中略)価値基準は決して絶対的なものではないけれど、美しさを求めることが大切。手を選ぶ時に「美しい棋譜を」という思いがあれば、それが「美しいかどうか」と考えれば、かなり近道ができる。そういう感覚は大切だと思います。将棋の世界でも、美しさの価値基準は一定のものがあると思う。例えば、手に無駄がない、重複することがない、自然で秩序立っている・・・そういう部分は共通しています。(中略)私の理想は、一局の将棋が初手から終わりの一手まで、一本の線のようになっていること。すべての駒が調和がとれて活用できると喜びを感じます。

8. 頭ではなく心で考える

「頭ではなく心で考えることを癖づけることで、人間の持つ余計な概念やエゴがなくなり、無に近くなる。それで、物事の正しい判断ができるのだろうと思っています。また、そのような癖をつけると、自然とツキがやってくるのではないでしょうか」

まとめ

「エネルギーをどこにかけるか?」という問いは、賢い人ほどよく考えていますね。負け方のスタイル、哲学についても自分には目から鱗でした。負けることに熟知していなければ勝ち続けることは難しいですからね。 

欠点は長所の別の面という話もよかったですね。将棋をやっている方はわかると思いますが、駒には強みと弱みが必ずあります。強みだけの駒、弱みだけの駒というのはないんですね。その組み合わせで相手に勝つのがこのゲームの醍醐味ですが、現実の世界でもこの考え方は大いに役立つのではないでしょうか。

優秀な経営者は人の使い方が上手いので、将棋も強いと思います。逆に言えば、将棋が強いということは、経営もできるということ。いっそのこと将棋の有段者を経営者に育成するプログラムを作ったら面白いかもしれません。それくらい将棋というのは深い思考力を要求する良いゲームです。 

他には、「情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかりとらえないと正しく分析できない」という話や「いい手よりも普通の手を探すほうが難しい」という話、「リスクの大きさはその価値を表しているものだと思えばやりがいが大きい」という話などが面白かったです。「頭がよくなる方法はありませんか?」という問いについても答えているので、いま持っている本を百冊捨てて、片付け本の一冊としてぜひ書棚に加えてみてください。

自習問題

  • 早く使い切らないほうがいい局面はないのか?あるとしたら、それはどんな局面か?
  • 負け方の分析はどのポイントに着目すれば確実に効果があるか?ミスで負けたとしたらミスしない方法はないのか?逆にミスしても影響をなくす方法はあるか?
  • 欠点を有効活用する方法はどんなものがあるか?周りの人の欠点で考えてみよう。
  • 相手の駒を無駄にする手はいつでも有効か?有効にならないときがあるとしたら、どんなときか?
  • 選ぶとはどんなプロセスか?「捨てる」という言葉を使わないで表現するとどうなるか?小学生に説明するとしたらどうなるか?
  • 「知識」は一時的なもの、「知恵」は普遍的なもの。だとしたら、情報とは何か?データとは何か?これ以外の定義はどんなものがあるか?
  • 周りの人はどんな美意識を持っているか?
  • 心で考えるとはどうすればできるか?具体的にするとしたらどう説明できるか?
捨てる力 (PHP文庫)
捨てる力 (PHP文庫)
posted with amazlet at 15.06.11
羽生 善治 PHP研究所 (2013-02-05) 売り上げランキング: 66,635